内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
「来週の金曜、午後二時。オリエンタルパレスホテルのロビーラウンジに来てほしい。話がある」
話があると言われ、一気に緊張感が高まる。
譲治から見えないよう箔押しの立派な名刺がこっそり左手に握らされる。
心臓がざわつき忙しなく血液を送り始めているのに、なぜか手足だけが氷水に浸したように冷たくなる。
「わかりました」
藍里は動揺を悟られまいと、努めて冷静に答えた。
ひょっとしたら蒼佑は当てずっぽうで『俺の子なのか?』と尋ねただけなのかもしれない。
それとも、彼は璃子の正体に確信を持っている?
その証拠に蒼佑はせんべいをのんびり食べる璃子の顔を、美術品を愛でるのと同じ熱量で見つめている。
「ばいば〜い」
藍里の心中など知らず、璃子は無邪気に蒼佑に手を振り笑いかけた。
(覚悟を決めなきゃ)
――いつかこんな日がやって来るかもしれない。
恐れていた日は藍里がまったく予想もしない形で訪れた。
藍里は璃子が乗るベビーカーの持ち手を握りしめながら、蒼佑の後ろ姿を見送ったのだった。