内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
◇
「はあ……」
蒼佑と再会した翌日、藍里は憂鬱な面持ちでパソコンに向かっていた。仕事中だというのに、ちっとも集中できない。
(なんで今になって現れるの?)
産休と育休をもらい、行政の手を借りながら璃子を育て始めて、早二年以上。
ようやく、母と子ふたりきりの生活にも慣れてきたところだったのに。
(蒼佑さんはどういうつもりで名刺を渡してきたんだろう)
蒼佑から渡された名刺には『ミスミビルディング副社長』の文字が燦然と輝いていた。
もはや自分が何者なのか隠すつもりはないようだ。
「どうしたの、宗像さん。大きなため息なんてついちゃって。なにか悩み事? まーたどこぞのクライアントが無茶苦茶言い出したの?」
藍里が思い悩んでいると、ネイビーの作業着に身を包んだポニーテールの人物に話しかけられる。
「郡司さん……」
ため息を聞きつけクライアントを揶揄するような口調で話しかけてきたのは、同僚の郡司京香だ。
郡司は言いたいことを臆せずはっきり言うタイプだが、これには藍里も苦笑いで返す。
蒼佑とたもとを分かつことになり、かれこれ三年の月日が流れたが、藍里はいまだにデジタルアンドシンクアーツで働いている。
デジタルアーカイブという特性上、取引先には官公庁や公共施設が多い。
郡司の言うように格式ばったやり方を重んじる彼らに困らされたのは、一度や二度の話ではない。
しかし、今回ばかりは違う。