内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
(渡したくない)
藍里にとって大空を駆ける鷹は父の絵の中でもとりわけ特別だった。
『藍里という名前はお父さんがつけたのよ』
藍里の名前の一文字である「藍」は、あの絵に描かれた夜明け前の空の色が由来となっている。
母から初めて自分の名前の由来を初めて聞いたそのときから、藍里は大空を駆ける鷹の絵が『自分の絵』だと強く思った。
父が亡くなり母がこの世を去っても、藍里が二人に愛されたというたしかな証。
この世に価値ある絵はいくつもあれど、藍里にとって父との絆を身近に感じられる絵はひとつだけ。
譲治の愚行のせいで多くの絵を手放してしまったが、大空を翔ける鷹だけは失いたくない。
かといって、シングルマザーとして奔走する藍里に契約金と違約金を肩代わりする金銭的な余裕はない。
アトリエのある土地を売ったとして、あんな辺鄙な場所では二束三文にしかならない。
(どうしたら……)
途方に暮れているとふっと影が差し、視線を上げれば藍里の顔を覗き込む蒼佑と目が合う。
いつの間に蒼佑は席を立ち、藍里が座るソファの背もたれに両手を置き、逃げ出せないように囲い込んでいた。
「考えるまでもないだろう?」
圧倒的に優位な立場である蒼佑は、悲嘆に暮れる藍里に悪魔のような救済の手を差し伸べる。