内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
「どうしても手放したくないのなら、俺と結婚すればいい。妻になれば、あの絵は夫婦の共有財産だ」
厚みのある唇から紡ぎ出された甘い誘惑の台詞は彼の意志をはっきりと示していた。
(最初からこうするつもりだったのね)
おそらく蒼佑は交渉が決裂したら、売買契約書を盾に無理やり言質を取るつもりでいたのだ。
藍里は悔しさのあまり奥歯を噛み締めた。無力な自分が情けなくて涙が出そうになる。
蒼佑はそんな藍里の固く握りしめていた拳の上にそっと己の手を重ねた。
「始まりがどうであれ、俺は全力で君と娘を幸せする」
強い意志と決意がこもった宣言は、先ほどのプロポーズよりも真摯なものに聞こえた。
彼は慣れない土地で困り果てていた藍里にひと晩の宿を提供してくれた。自分の伝手を快く与え、窮地を救ってくれた。
少なくとも蒼佑は藍里と璃子の生活を保障してくれる。
――たとえそれが責任感からくる義務だとしても。
璃子と父の絵。
ふたつの宝物を人質にとられた時点で、結婚以外の選択肢はないらしい。
ふっと身体から力が抜けていくのがわかった。
「わかりました。あなたと――結婚します」
導き出された答えに満足したのか、蒼佑は唇の端を持ち上げ微笑んでみせた。