内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
打ち寄せる波の表現、青く澄んだ空、そして美しくも儚げな母娘。
そのすべてが蒼佑の五感を刺激し、夢中にさせた。
タイトルも作者の名前もわからないのがまたミステリアスで、何年も経った今でも蒼佑を惹きつけてやまない。
滞在中は時間の許す限り、渚の母娘の絵を鑑賞するつもりだ。
着替えを終えホテルを出た蒼佑は、慣れた足取りでカフェへ向かった。
『いらっしゃい』
顔を覚えられているのか、オーナーはいつも愛想よく迎え入れてくれる。
蒼佑はいつも通り、渚の母娘の絵が一番よく見える特等席で過ごすつもりだった。
ところが今日は、その席はすでに埋まっており、アジア人らしき女性がひとり座っていた。
(もしかして日本人?)
カウンター席に腰を下ろした蒼佑は、物珍しさからその女性をこっそり観察し始めた。
絵を眺めらがら二ヘラと相好を崩したかと思えば、急に真顔になり、ときおり切なげに目を伏せる。
――とんでもない百面相だ。
これほど表情豊かに絵を眺めている女性を見るのは初めてだ。いつのまにか蒼佑は渚の母娘よりも彼女自身に見入っていた。
声を掛けたのは、同じ絵を好む者同士という気安さ故だった。