内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
(彼女はもう寝たんだろうか……)
レストランで夕食をとりホテルに戻ってきたあとも、蒼佑は眠れずにいた。
ゲストルームに藍里がいると考えるだけで、心が浮き立ち、ソワソワして落ち着かない。
(頭を冷やすか)
蒼佑はキッチンに向かい、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、そのままボトルに口をつけた。
喉を潤し口を拭えば、狙い通り冷静になれた気がした。
(余計なことを言わず日本に帰すのが一番いいはずだ)
本名を名乗ったものの、彼女は自分がミスミビルディングの後継者であるとは知らない。
旅先で偶然知り合っただけの彼女に打ち明ける必要はないと思ったし、なにより楽しい時間に水を差したくなかった。
けれど、藍里と一緒にいると、正直になにもかも打ち明けてしまいたくなる。
(離したくない)
ミスミビルディング創業者である祖父は美術品をこよなく愛する人だった。 両親ともに多忙だったため、幼い頃蒼佑は祖父母の住む屋敷に住んでいた。
祖父からの英才教育の賜物なのか、蒼佑には少々変わった価値観が形成されている。
『一度でも美しいと思ったものは手放さないこと』
祖父は口癖のように、いつも蒼佑に言い聞かせていた。
そうして植え付けられた価値観は祖父が亡くなった今でも、蒼佑に受け継がれている。