内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
◇
(今日も連絡はなしか……)
その日の仕事が終わり、私物のスマホを眺めていた蒼佑はひっそりとため息をもらした。
フィレンツェから帰国して二週間が経過したが、待てど暮らせど藍里からの連絡はない。
(こんなことならきちんと連絡先を交換しておくべきだった)
藍里とひとつになった翌朝、デザイナーとの契約上のトラブルが発生し、出掛けなければならなかったのが今でも惜しまれる。
気持ちよさそうに眠っている彼女を起こすのがしのびなく、書置きだけ残して出掛けたのがまずかった。
連絡がないということは、藍里は蒼佑と二度と会うつもりはないのかもしれない。
藍里は旅先だけの軽い関係を望んでいたということなのか?
(俺だけなのか?)
蒼佑にとって、藍里はひと晩だけの関係で終わらせられるような女性ではない。ともに夜を過ごしたことで、はっきりとわかった。
日本に帰国したあとも連絡を取り、今度こそ口説き落とそうと目論んでいた。
自分の身分をきちんと明かし、その上で寄り添ってもらえたなら。
それほどまでに、同じ場所で同じ絵と風景を語り合ったことに、運命的なものを感じていた。
(もう一度藍里に会いたい)
しかし、蒼佑の願いも虚しく、その後も藍里からの連絡はなく三年の月日が経った。
その間、蒼佑はわずかな手がかりをもとに、藍里の行方を探し回ったがとうとう見つからなかった。
まさか、海老原画伯のアトリエの前で再会することになるとは、蒼佑自身想像だにしていなかった。
その上、彼女が蒼佑の子どもを産み育てていたなんて。
(今度こそ離さない)
蒼佑は三年前の後悔をみすみす繰り返すつもりはなかった。