内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
(まだ飾ってあってよかった)
ネットの情報のおかげで思い出のカフェがまだ存在することだけはわかったが、絵が飾られたままなのかまでわからなかった。
たまたまフィレンツェへの研修が決まり、真っ先に頭の中に思い浮かんだのは父の絵の存在。
四泊六日の強行日程の中、この場所を訪れる時間がとれたのは最終日となる今日だけだった。
そこで、藍里は朝の便で帰国する予定を変更し搭乗する便を夕方に遅らせ、わざわざこの絵に会い来たのだ。
一か八かの賭けだったが、いい結果になってうれしい。
(無理してよかった)
渚に佇む女性の姿が母の生前の姿と重なり、そっと口もとを綻ばせる。
もう一度母に会えたみたいで、なんだかうれしい。
藍里は半年前に母を亡くしたばかりだった。
母の最期を看取ったのはひとり娘の藍里だ。
父も母よりもずっと前――十年前に亡くなっている。
【日本の油絵界の巨匠】と呼ばれた父が残した渚の母娘の絵は、藍里にとって両親の在りし日を偲べる唯一の絵だった。