内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
「あの絵が気に入ったのか?」
ある種の静謐さを保っていた店内で、突然日本語で話しかけられ、藍里は声がした方を仰ぎ見た。
すると、流水に似た涼し気な目もとが印象的な長身の男性と目が合う。
藍里より少し年上だろうか。
青空を映し取ったようなウォーターブルーのシャツに、タイトなブラックボトムスが爽やかで眩しい。
目が合うと、口の端が持ち上げられ優雅な弧を描いた。
目鼻立ちのくっきりとした綺麗な顔立ちは、石膏像にも引けを取らないとろりと溶けそうなフォルムをしていた。美丈夫と言って差し支えない。
藍里はつい見惚れてしまった。
「座ってもいいか?」
「ええ、どうぞ」
海外で男性に話しかけられたら警戒して然るべきだが、不思議と警戒心を抱かなかった。
知らず知らずのうちに、日本語を恋しく思っていたのかもしれない。
了承を得た男性は、藍里と向かい合うように椅子に腰掛けた。