内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
「日本人だよな?」
「はい。そうです」
このカフェは市街地からは、やや外れた裏通りにある。
ガイドブックに載っているような有名な観光地からも離れており、そもそも近隣には観光客自体が少ない。ましてや同じ日本人と遭遇するなんて珍しい。
「急に話しかけてごめん。あの絵をずっと眺めているのが気になって……。実は俺もあの絵のファンなんだ」
男性は藍里に話しかけてきた理由を話すと、恥ずかしそうに首の後ろを掻いた。
藍里は一瞬面食らったが、すぐに輝かんばかりの笑みを浮かべた。
「そうなんですね。私もなんです!」
同じ気持ちなのがうれしくて、だらしなく頬が緩む。
父の絵だと知らなくても、気に入ってくれる人がいる。名前や肩書に左右されず、絵そのものを評価されるのは、やはりうれしかった。
「俺は三角蒼佑」
「宗像藍里です」
「藍里って呼んでいいかな? 俺のことは蒼佑って呼んで」
「はい。わかりました」
意気投合したところで、お互いに自己紹介をした。
藍里の苗字『海老原』ではなく、母方の姓である『宗像』だ。
実は父は母と結婚する際に海老原から宗像に姓を変えたのだ。