内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
「私、父の絵の中でも三本の指に入るくらいこの絵が好きなんです」
「奇遇だな。俺もだよ」
蒼佑は目を輝かせ、絵に魅入っていた。
まるで、絵の世界を全身で感じ取ろうとしているみたいだ。
(蒼佑さんは本当に父の絵が好きなんだ)
フィレンツェでは隠していたけれど、とうとう彼に藍里のもうひとつの秘密を打ち明けるときがやって来たのだと悟る。
「父の絵で一番好きなのは、蒼佑さんと出会ったフィレンツェのカフェにあった渚の母娘の絵です」
そう告げると蒼佑はハッと息を呑んだ。
「まさか……」
「実はあの絵は父が描いたものなんです。隠していて本当にごめんなさい」
蒼佑は何度も目を瞬かせたあと、ふっと口もとに優しげな笑みを浮かべた。
「海老原画伯に感謝しないといけないな。二度も藍里との縁を作ってくれたんだ」
蒼佑の言う通りだ。
父の描いた二枚の絵が離ればなれだった二人を引き合わせ、夫婦として暮らす縁を紡いでくれた。
(もっと歩み寄ってもいいのかもしれない)
予期せぬ形で夫婦になったけれど、心のどこかで彼について深く知りたいと思い始めている。
この生活に義務以上のものを期待している自分を否定せずに受け入れていきたい。
そんな藍里を父が描いた鷹が静かに見守っていた。