内緒でママになったのに、溺愛に目覚めた御曹司から逃れられない運命でした。
◇
「え? どの辺がまずいの?」
藍里から相談を受けた郡司は首を傾げつつ尋ねた。
「それは……」
今日は事務作業ではなく人手不足の作業班の手伝いに借りだされている。
藍里はブラウスの上に作業着を羽織り、郡司の指示通りスキャナーの上にひとつひとつ古文書を並べる。
この古文書は、ある博物館に長年収蔵されていたものである。
「正直言って、すっごく羨ましいよ。その有能家政婦さんをうちにも派遣してほしいくらい。なんなら気の利かないうちの旦那と交換しない?」
ここぞとばかりに夫への毒を吐く郡司の気持ちもわからないでもない。
我ながら贅沢な悩みだと思う。
「至れり尽くせり過ぎるんです……」
藍里ははあっとため息をついた。
三角家の人たちは、藍里と璃子に本当によくしてくれる。
この三か月、蒼佑は仕事が終わると真っ直ぐ藍里と璃子が待つ屋敷に帰ってくる。
触れ合える時間が少ないからこそ甲斐甲斐しく璃子の世話を焼き、ときには寝かしつけまでやってくれる。
そんな蒼佑に璃子も徐々に心を開き、最近は彼を『パパ』と呼び始めた。
蒼佑と璃子が順調に親子関係を育む一方、藍里はいまだにこの生活に慣れない。
これまでシングルマザーとして子育てと家事を一手に担ってきた。
大変なことも多かったけれど、いきなり負担が軽くなり、自分の存在意義が急速に揺らいでいる。