キミと桜を両手に持つ

 「んなわけないじゃん。もう如月さんはすーぐ引っかかるんだから。それでなになに?二人で同棲してるの?」

 思わずガタンと椅子から立ち上がるとクスクスと笑い続けている前田さんを睨んだ。

 「いつも私をからかうのはやめてください!それと同棲はしていません」

 うん、嘘はついていない。同棲ではなくて同居してるだけ。

 「いいじゃん、別に同棲してたって。俺、誰にも言わないよ。それにそもそもうちは社内恋愛禁止じゃないし」

 「だから同棲してません!」

 前田さんを睨んだままストンと椅子に座ると、持ってきたノートや書類をトントンと机の上でまとめた。

 「こんなくらだない話をするだけのミーティングだったらもう行きますよ。私この後藤堂さんと新しいクライアントのところにヒアリングに行く準備をしないといけないので」

 頬を膨らませて椅子から立ち上がろうとすると前田さんはまぁ待て待てと私を引き止めた。

 「俺はさ、心配してるの。如月さんが傷つくんじゃないかと思って」

 「別に傷つきませんよ。藤堂さんの事は好きでもなんでもありません。それに藤堂さんはありとあらゆる女性にモテてるし、きっと私なんて眼中に入ってません。私、競争率激しい戦いには初めから参加しないことにしてるんです」

 前田さんにそう言い切った後、なぜか胸がズキンと息もできないくらい痛くなる。自分のわけのわからない反応に戸惑って顔をしかめた。

 「へぇ……そう?」

 前田さんは意外そうな顔をすると私とミーティングルームのガラス窓越しに見える藤堂さんを交互に見た。

 「まあ俺からのアドバイスなんだけど、いろいろな意味で彼と付き合うのはなかなか大変かもしれないよ」

 「だから私と藤堂さんの間には何も──…」
 「──彼には込み入った事情のある女の子がいるから」

 前田さんの言葉にノートをめくる手をピタリと止めた。
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