キミと桜を両手に持つ
「また、そんな勝手に人のプライベートな事話しちゃっていいんですか?」
再び平静を装ってノートをパラパラとめくる。前田さんは以前大手広告代理店に勤めていただけあって人脈がとてつもなく広く、ありとあらゆる噂話を知っている。藤堂さんの噂話もどこかで聞いたのかもしれない。
すると前田さんは意外な答えをした。
「そんなにプライベートな事でもないよ。制作部の半数の人は知ってるから」
「えっ……?」
「藤堂さんさ、三年前婚約者がいたんだよ。わざわざ二人で住むためのマンションまで買ってさ。それは幸せそうだったよ」
マンション……。そう言われてすぐ私たちが今住んでいるマンションを思い出す。独身者用にしては大きすぎる物件だといつも思っていた。
「そ、それで、どうなったんですか?」
そう前田さんに聞いたものの結果はわかる。何かが起きて、二人は結婚しなかった。
「藤堂さんはくそ真面目だから浮気なんてしないだろ。婚約を解消する原因を作ったのは恐らく彼女だろうな。なんとなくその原因も想像できるし……」
そう言って前田さんは持っていた書類の束を見せた。そこには新しいプロジェクトの案件が記載されている。
「実はね、今回俺が担当するこの案件、如月さんにディレクションしてもらおうと思ってるんだけど、その会社にこの彼女がいるんだよね」
「えっ……?」
「藤堂さんが5年前担当したプロジェクトなんだけど、その彼女が今回この件を担当してる。多分藤堂さんのことを聞いてくると思う」
前田さんは今回の案件の資料をめくって私に説明した。