キミと桜を両手に持つ
キッチンカウンターでコーヒーをペーパーカップに入れるとショーケース型冷蔵庫の中身を覗いた。そこには野菜ジュースやヨーグルト、チーズとクラッカー、栄養補助食品などが沢山入っている。とりあえずヨーグルトとカウンターにあったクラッカーを掴むとそれを持って会議室に入った。
「はいどうぞ。最近お疲れですよね。大丈夫ですか?」
PCを睨むように見ていた彼の目の前にそっとコーヒーと食べ物を置いた。
「如月さんは優しいね〜。ありがとう。俺のお嫁さんにならない?」
前田さんは私が食べ物を持ってくると必ずこの冗談を言う。
彼は結婚して小学生とか中学生くらいの娘さんが二人いる。でも以前の会社で働きすぎてろくろく家に帰らなかったのか、それとも彼は人脈がものすごく広いので父のように外で遊ぶことが多かったのか、とにかく理由ははっきりわからないけど奥さんとは別々に暮らしている。
いつも娘にも会わせてもらえないと泣いているけど、離婚しているのかと聞くと言葉を濁すし、じゃただ単に別居しているのかと聞くとそれもはっきり言わない。でも確実に一人で会社近くの小さなマンションに住んでいて、そして今は紗綾香さんという私と同じ歳の女の子と付き合っている。
これは私の想像だけど私にこう言う冗談を言うのも彼女と言って若い子とふらふらしているのも家族と別れ一人で寂しいからなのではないかと思う。
「それ食べ物をあげる度に毎回言ってますよね。私じゃなくて紗綾香さんに言ってあげてください」
「彼女にももちろん言ってるよ〜。でもさ、ここ最近本当に忙しくってさ、全然紗綾香ちゃんに会えてない。俺このままだと捨てられるかも」
前田さんはコーヒーを一口飲むと、ふぅとため息をついた。