キミと桜を両手に持つ
彼と別れた後、第5会議室から一番近いトイレに入って鏡を見ながら身なりを整えた。
いかにも彼にキスされたというような顔で、頬がほんのり赤くて唇も腫れてふっくらとしている。こんな顔を紫月さんに見られたんだと思うと恥ずかしくて再び顔がほてってくると同時に、彼女が高橋さんの事を話していたのを思い出す。
屈んでパンツスーツの裾をそっとめくると、先日高橋さんに蹴られた前脛部を見た。昨日ほど腫れてはいないものの青紫色の大きなあざになっている。
こんな子供っぽい意地悪を私や花梨ちゃんにしてくるなんてほんと最低!
高橋さんに憤りながら裾を元に戻して大きな溜息をつくと、制作部へ戻ろうとくるりと向きを変えた。
丁度その時、トイレの入り口から声がしたかと思うと高橋さんが同僚の椎名さんと織部さんと一緒に入ってきた。三人ともまるでモデルさんのような完璧なヘアスタイル、メイク、そして服装で颯爽と歩いてくる。
あまりにも驚いてその場に立ちすくんでいると彼女も驚いたのか同じように立ち止まって目を見開いた。でもすぐになんでもなかったかのように表情を元に戻すと歩いて私のすぐ側に立った。
「あら、こんな所でサボってるなんて随分お気楽なのね。でもそうよねー、もう私たち一般社員のようにあくせく働く必要なんてないんだもの」
「え……?」
言ってる意味がよくわからなくて思わず振り返って彼女を見た。
「かっこよくて、仕事もできる。しかも彼、アステルホールディングスの御曹司なんですって?どう?玉の輿にのった気分は?」
藤堂さんを好きになったのは彼が御曹司だからじゃない。でも彼女にはそう見えているのかもしれない。もしかすると他の人の目にもそう見えているのかもしれない。