キミと桜を両手に持つ
次に住むアパートは既に目星がついている。いろいろと見て回った何軒かに比較的会社から近くて安い物件があった。今契約しようとしているのは1Kの小さな部屋。建物自体は古いけどリモデルしてあって比較的綺麗だし駅近の静かな住宅地の中にある。
これからは誰も待っていない家に帰らないといけないのか。なんだか寂しくなっちゃうな。藤堂さんも少しは寂しいって思ってくれるのかな……。
コツコツと歩きながらこの一ヶ月の楽しかった生活を振り返った。初めはよく知らない上司と、しかも藤堂さんみたいな男性と一緒に同居するのはどうかと思っていたけど、彼との生活は思いがけず本当に楽しいものだった。
藤堂さんの事を考えているとふと元彼の和真の事を思い出す。
和真は藤堂さんと違って人当たりがとてもいい。彼が営業職というのもあるのかもしれないけど、口達者でノリもよく女の子にもモテていた。
付き合っていた時もちょっと恥ずかしくなるような甘い言葉を囁いたり、キスやハグをしてきたりと愛情表現をよくする人だった。
でも今思えばその愛情表現もただのノリでやってたのかなとよくわからなくなる。結局愛してると言ってくれた言葉もどこまで本気だったのかよくわからない。それに和真は言葉と行動が一致していない事が多かった気がする。
家事だって手伝う事もなかったし、藤堂さんみたいに一緒に会話をしながらご飯を作ったり食べたりということもなかった。大抵携帯片手に何かを見ながら食べていたし、そうじゃない時はテレビを見ながら食べていた。
一生大事にするとよく言っていたけど、藤堂さんとこうして暮らしてみて、実は和真にあまり大切にされていなかったのかなと改めて気付かされる。