キミと桜を両手に持つ
「彼女の家に住んだらいいじゃない」
「彩花のアパートは狭すぎて住めない。せめて次の住む場所が決まるまでは解約はしないでくれ」
「じゃあ名義を変えて。そしたら問題ないから」
「俺一人であそこ払えるわけないだろ。凛桜も半分払えよ」
あのマンションは和真がどうしてもと選んだ大きな川沿いにある広めの1LDKだった。部屋からの眺めもよかったし場所が場所なだけに家賃も高かった。
「なんで私が払わなきゃいけないの?彼女に半分払ってもらえばいいじゃない」
「彩花は自分のアパートの支払いがあってできないんだよ」
「私だってそんなお金ないよ」
そう言い放つと踵を返して歩き出した。今まで和真のことを怖いと思ったことは一度もなかった。でも怒りをあらわにして私に詰め寄る彼に初めて恐怖を抱く。
「おいおい、死んだ母親からの金があっただろ。金が無いとか今更そんな言い訳するなよ」
「あ、あのお金は和真には関係ないでしょう!」
母のお金の事を今頃持ち出すなんて信じられない。そんな大金ではないけど、でもあのお金は私に残された母の思いが詰まった物だ。私の為にと一生懸命働いて残してくれたお金で、使ってしまうと母との思い出の品を手放してしまうようで一度も手をつけた事がない。
「あのマンションは二人で借りたんだ。だったら住んでいようがいまいがお前にも払う義務があるだろ」
「なんて言われても無理。とりあえず彼女のアパートに同居させてもらって。和真が全額払えないんだったら解約するしかないから」
私は彼から逃げるように駅へと急いだ。するといきなり腕を強く掴まれ路地裏に引き摺り込まれた。