キミと桜を両手に持つ
タクシーの中で彼は終始無言で窓の外をじっと見つめながら何か考え込んでいる。チラリと顔を盗み見るけど何を考えているのかさっぱり分からない。
間も無くタクシーがマンションに到着すると藤堂さんはお金を払って私を支えながらタクシーから降りた。そして部屋まで帰ってくると、私をソファーに座らせキッチンでお湯を沸かした。
「熱いから気をつけて」
彼からカモミールティーの入ったマグカップを受け取った。ラベンダーも入っているのか落ち着いた香りが漂う。
「……ありがとうございます」
ふぅーっと吹きながらハーブティーを一口飲んだ。あたたかくてホッとする味と香りに安堵の溜息をついた。
「……如月さんが住む場所を無くしたのって彼のせい?」
藤堂さんは隣に腰を下ろすと尋ねた。その質問に一瞬目をぎゅっと閉じて観念すると、マグカップをコーヒーテーブルの上に置いて床に土下座した。
「ごめんなさい!嘘をついてしまって。実は同棲していた恋人と別れて住む家を失ってしまって……。嘘をついて騙すつもりじゃなかったんです。ただあの夜詩乃さんに聞かれた時、咄嗟に水漏れの話をしてしまいました。でもまさかここが藤堂さんの家でこんなことになるとは思ってもいなかったんです」
自分でもなぜ咄嗟に水漏れになったと言ってしまったのかよく分からない。でもあの時はすごく孤独で恋人に捨てられたとなかなか言い出すことが出来なかった。
それに詩乃さんから空き家だと言われたからここを借りることにしたのだ。まさかその空き家の持ち主がすぐに帰ってきて、しかもそれが会社の上司である藤堂さんで、まさか一緒に同居する事になるなんてあの時は考えもしなかった。
「いいからほら頭を上げて、ここに座って」
彼は私を床から引きずり上げると再びソファーに座らせた。