キミと桜を両手に持つ
「ごめん、これ至急修正できる?」
「えっ、今から……?」
彼は少し嫌な顔をすると、ちらりと制作部の壁にあるデジタル時計を見た。
堀川くんはうちの制作部では前田さんと同じくらいここでの勤続歴が長い。でも彼は集中力が続かないのか仕事中よくタバコを吸いに行ったりどこかへいなくなったりする。
仕事もかなり焦った状態にならない限りはだらだらとしてしまうし、今でも時間が気になっているということは飲み会のことが気になっているに違いない。
……これはもう自分でやったほうが早いかも……。
「堀川くん、私がやっとく。先に歓迎会に行ってて」
私はそう言うとパソコンを立ち上げた。
「え、でも俺、歓迎会が終わったら戻ってきてやるよ」
堀川くんはそう言ってくれるけど、これは信用問題に関わるからすぐに対応したい。
「ううん、これくらいだったら私できるから大丈夫」
堀川くんはふいっと私から顔を逸らすと、「そう、じゃ、お先に」とボソリとつぶやいて去って行った。
✿✿✿
「うわ、遅くなっちゃった」
一時間後、一通りの作業が終わると既に19時を過ぎていた。
夕方降っていた雨は今は止んではいるけど、地面には水溜りがあちこちにあってそれを避けながらコツコツと歩く。
みんな、盛り上がってるんだろうな。藤堂さん、どうしてるんだろう……。
目的地の居酒屋へ着くと、ガラリとドアを開けた。中に入ると待合の椅子やスペースにたくさんの人が順番を待っている。そんな人たちの間を通り抜けて店の奥に進むと、部屋の一番奥の長テーブルに制作部や開発部の人たちが集まっているのが見えた。
遠くからでも藤堂さんがどこにいるかすぐにわかってしまう。なぜなら彼の周りには予想通り女の子達が群がっていてかなり盛り上がっている。まさに両手に花、梅と桜を両手に持つ状態。特に高橋さんは藤堂さんの隣に座っていて、彼にお酒を注ぎながらなにか楽しそうに笑っている。