キミと桜を両手に持つ
私は藤堂さんの表情が見える前に、慌てて目を背けた。胸がぎゅうっと締め付けられて息苦しくなる。
やっぱり嫌だな……。こんなの見たくないかも……。
それに変な独占欲からか、誰も彼に触らないで…と思ってしまう。彼は自分の恋人でもなんでもないとわかっているのに、この渦巻く感情を抑えることができない。
ちょっとどこかで気を落ち着けたい……。そうだ、トイレ行って化粧直ししよ。
店内をぐるりと見渡しトイレを見つけると、急いでそこへ駆け込んだ。そこで化粧直しをして身なりをチェックすると、何度か深呼吸した。
「…──高橋さんさ、あれ完全に藤堂さん狙いだろ。まぁ藤堂さんもあんな澄ました顔してるけど、内心結構喜んでるんじゃねーの?」
はははっと低く笑う声が聞こえ、トイレから出ようとしていた私はピタリと立ち止まった。
「やっぱさ、高橋さんとか皐月さんって可愛いよな。でも皐月さんは多分佐伯とできてるな」
「えー、俺狙ってたのに」
「いい女ってのは大抵既に男がいるんだよ」
話し声がトイレ出口のパーティションの反対側から聞こえる。声からして堀川くんと彼が教育係をしている坂井くん、そしてもう一人はたぶん開発部の早瀬くんだ。
「如月さんはどうなんだろ。彼女美人じゃん。そういえば藤堂さんって如月さんと仲良いよな」
「あれはさ、煽てておけば使えると思って仲良くしてるんじゃねぇの?あの女、ムカつくけど仕事はできるからさ」
堀川くんのイラついた声がパーティションの反対側から聞こえてくる。それと同時に早瀬くんの笑い声が響いた。
「はははっ。そう言えばさっき、お前が必死にバグ修正してるやつ、『これくらいだったら私できるわ』って如月さんに言われてたよな」
「ったく、チーフだかなんだか知らないけどいつも人を見下した態度ばっかしやがって。そもそもな、ああいう女、全然藤堂さんのタイプじゃねぇし」