キミと桜を両手に持つ

 「如月さんどこ行ったの?」

 「Nコーポレーション」

 「えっ、あのNコーポレーションへ行ってるの?あー、俺一緒に行ってあげればよかったなぁ。あの新しい広報担当役員、……吉岡部長だっけ?あの人結構大変なんだよねぇ」

 Nコーポレーションの吉岡部長とは、今回、企画やデザインを何度もやり直しさせている張本人だ。

 「……大変とは?」

 「んー、俺が聞いた話なんだけどさ、あの吉岡部長、社内でもパワハラ・セクハラ発言多くてちょっと問題ある人らしいんだよね」


 ……なんだ、その話は。俺は全然聞いてないぞ。


 一樹は三年も日本から離れていたのでクライアントの情報が色々とわからないところがある。やはり今日のミーティングをキャンセルしてでも彼女と一緒に行くべきだったと悔んでしまう。

 Nコーポレーションも何故そんな人間を広報部長なんかにさせてるんだ。そう苛立つものの、でも会社が大きくなるとどうしてもこういう人間が出てくることも一樹は知っている。

 「なんでそんな案件を如月さんがやってるんだ。男のディレクターが担当するべきだろ」

 一樹は近くに座って総務部の若い女の子に囲まれてデレデレとしている槇原を見据えた。彼は凛桜より2歳年上の男のディレクターだ。

 「お、俺は今持ってるS保険とB信託の件で忙しいからって言ったら、如月さんがやるって自分で言い出したんだ」

 S保険とB信託はどちらも大手で予算も多い。成功すればかなり目立ついい案件だ。それに比べNコーポレーションは規模も小さく予算もすくない。しかもこの新しい広報部長が色々と難癖をつけてくる。簡単に言うと利益もあまりないのに手間のかかる面倒くさい仕事なのだ。
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