キミと桜を両手に持つ
まだちらほらと残業している人がいる部署を足早に通り過ぎながら制作部へと急ぐ。ピッとカードリーダーにカードをかざすと制作部に足を踏み入れた。
しんと静まった制作部には明かりがついているが人気がない。凛桜のデスクへゆっくりと歩を進めると、机にうつ伏せになっている彼女を見つけた。
「凛桜……!」
急いで駆け寄るとそっと顔にかかる髪を指で払う。佐伯が言っていたように顔色があまりよくなくて心臓が凍りつく。
「凛桜、凛桜、大丈夫か……?」
熱がないかと額に触れたり体を摩ったりしていると、凛桜は一瞬目を開けた。でも極度に疲れているのか「んん……」と呟くと再び目を閉じて眠ってしまった。
疲れてるんだな……。ごめんな、気がつかなくて……
一樹はいつもオフィスに置いているジャケットを凛桜に掛けると、側に屈み込んで彼女の頬を撫でた。
凛桜は会社にいると気が張ってしまうのか、必要以上に頑張ってしまう癖がある。それにメイクや服装をまるで弱い自分を隠そうとするかのように着こなしているので、仕事ができて隙もなく誰の手助けも必要のない女だとよく見られている。だから皐月さんや高橋さんのような可愛らしい女性には男が競うようにあれこれと手助けをしに行くのに、凛桜の事になると全く誰も見向きもしない。
一樹は食べかけのチョコレートに目をやった。凛桜の事はまだまだ知らないことが沢山ある。でも同居して、そして会社で一緒に働いて、いくつか分かってきたこともある。
凛桜はなにか嫌なことがあると、好きなものや美味しいものを食べたり、美しい景色を眺めたりと小さな幸せを見つけてはそれを糧に前向きに生きる努力をしている。
そんな彼女は笑顔が絶えず、一緒にいると自分まで明るい気持ちになれる。そしてその前向きに生きる姿勢がとても綺麗だと思う。
その彼女の美しさや笑顔が消えないように、彼女を傷つけようとする者からなんとしてでも守りたい。