猫は、その恋に奇跡を全振りしたい
「分かった。冬華がそうしたいなら、そうする」

その笑顔に、じんわりと胸の辺りが温かくなる。
優しい微睡みのように、渚くんがいる現実はどこまでも温かった。

「だけど、秘密にするのに、みんなの前で話してよかったのか?」
「あっ……!」
「うっかりなところは相変わらずだな」

図星を突かれて、恥ずかしさが湧き上がってきた。

「うーん。これじゃ、二人だけの秘密にできないよ……」
「本気で信じるのは俺だけ。それじゃ不満?」

直球で飛んできた言葉に、思わず耳まで顔が熱くなる。

「それは嬉しい……かも」
「冬華が嬉しそうでよかった」

その優しい笑みに、わたしの胸がきゅっとなってしまう。

「ほら、猫巡り部に行こうぜ!」
「……うん」

かすむ視界の中に見上げた横顔。
優しい夕暮れのきらめきが、あの頃のように渚くんを照らしていた。
過ぎた季節を飾るのは、いつもセピア色の思い出だ。
わたしは、渚くんがいない未来なんて永遠に来ないと思っていた。
ずっと、渚くんの言葉がもたらす優しい熱の中にだけ、身体も心も沈ませていたかった。

でも……現実は残酷で。

もしも、渚くんのいる世界を取り戻せるのなら、それ以外に望むことなんて、何ひとつないような気がした。
その世界にたどり着く可能性が、ほんのわずかでもあるなら、わたしはきっと死に物狂いでしがみついていただろう。
だからこそ、『夢魂の力』と『クロム憑き』が繋げた奇跡は何よりも尊いものだった。

渚くんと今井くん――。

正直、本来の彼を知った今も、二人の違いの境界線なんて、はっきりとは分からない。
でも――わたしは気づいている。
今、目の前にいる渚くんが、わたしの知っている渚くんではないことを。
渚くんのクロム憑きになった今井くんだということを。
それでも――。

(この奇跡をいつまでも噛みしめていたい)

それを願うのは欲張りだと思いながらも、離れがたい気持ちだけが増していった。
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