猫は、その恋に奇跡を全振りしたい
「かかか、彼の本当の名前は、今井麻人くん。渚くんのクロム憑きになったことで、渚くんの未練を晴らすために、わたしたちのクラスに転校してきたんです!」
「クロム憑き? 確か、月果て病の奇跡のことだよね?」

わたしの咄嗟の説明に、井上先輩はぽかんとする。

「はい。だから、彼は渚くんであって、渚くんではないんです」
「ふむふむ。なるほど、なるほど」

井上先輩が自分のことのように胸を張る。

「つまり、安東くんは今、複雑な状況下にあるっていうことだよね」

……な、なに?
その予想外な答えは!?

「ま、まあ、一応、そんな感じです」
「やっぱり!」

渚くんが困ったように笑うと、井上先輩がぽんと手をたたく。

「うーん。強引に話を持っていくのは、井上先輩らしいな」

そのやり取りに、わたしは思わず苦笑いしてしまう。
今の渚くんは、本物の渚くんじゃない。
だけど、井上先輩に改めて事情を説明しても、結局、彼を渚くんとして見なしてしまうだろう。

「井上先輩、今日はやけに嬉しそうですね」
「そうそう。桐谷さん、聞いて聞いてー! もうすぐ、猫巡り部の一大イベントがあるの!」

井上先輩は相変わらず、わたしたちの心情を置いてきぼりにして言った。

「毎年恒例の猫神祭りに参加することになったの!」
「うわあっ! ほんとですか?」
「楽しみですね」

わたしはまじまじと渚くんと顔を見合わせる。
この町ではハロウィンの日に、猫神社で町をあげた大きなお祭りが開催されていた。

それは猫好きによる猫のための猫祭り。

神社の境内には、縁起担ぎのための招き猫や、参拝者の願い事を叶えるとされてる猫の神様が祀られている。
そして、色とりどりの屋台や猫関連のブースも並び立つ。

神社で祈りを捧げつつ、愛らしい猫たちにも出会える。

わたしはそのお祭りが大好きだった。
普段なら、沈んでいるはずの時間でも、神社はキラキラしていたから。
毎年、この学校の生徒会が主導して、猫神祭りのイベントを企画している。
部室には、催しものに使用されるダンボールが積まれていた。
その時、部室のドアが開き、天橋先生が入ってきた。
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