猫は、その恋に奇跡を全振りしたい


今井くんが――渚くんが転校してきてから一週間が経った頃。
渚くんはすっかりクラスに馴染んでいた。
残暑も鳴りを潜めつつある秋の空、教室の白いカーテンが風に揺れている。
午前中の授業が終わり、昼休みに入ったからだろう。
教室の空気は緩んでいた。
いつもと変わらない日常の空気。
他愛ない会話が教室内を満ちていく。
そんな中、窓の向こうから、別のクラスの子たちがのぞきこんでいる。

「ねえ、ほんとに安東くん、いるよ」
「でも、本物じゃないんでしょう」

興味津々な会話。
渚くんのクロム憑きになった今井くんの噂は、学校中をかけめぐり、一週間経った頃は1年2組のクラスは大注目されていた。

「安東、気にするなよ」
「そうそう」

話題の中心人物である渚くんは、わたしを含めた何人かのクラスの人たちと一緒にお昼を食べている。
クラスの中にはまだ、戸惑っている人もいるけど、みんな少しずつ、彼のことを受け入れてきていた。
とりあえず、呼び名は見た目どおり、『安東渚くん』の方で統一しているみたい。

「うわあっ。今日は、たまご焼きが入っているー」

わたしは思わず、声を弾ませた。
この学校は、お昼は選択制で給食か、お弁当かを選べる。
両親が共働きのわたしはいつも給食。
ふんわりとした甘いたまご焼きを食べ終わると、渚くんをそっと見つめた。

(夢の中で告白はしたけど、まだ返事はもらっていない。この距離をさらに埋めるためには……)

お昼休みに声をかける。
ただそれだけの行為が、わたしの身体を温かなやる気で満たしてくれた。
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