猫は、その恋に奇跡を全振りしたい
(本物……)

話題を探していると、ふとその単語が浮かんだ。
先程、別のクラスの子たちが言っていた言葉を、心の中でつぶやいてみる。
何だか、心の奥の方がざわざわした。

クロム憑き――。

そんな奇跡を、わたしは心のどこかで待ち望んでいたのかもしれない。

「……渚くん」

迷うより先に口が動いていた。

「冬華」

渚くんが振り返る。
それだけで鼓動が速くなった。

「渚くんは、本物だよ」

勇気をふりしぼると、思ったよりも大きな声が出た。

「冬華、ありがとう」

ちぐはぐな言葉だったけど、渚くんはそう言って笑ってくれた。
もっと伝えたいことはあるはずだけど、奥の方につっかえていてうまく言葉にならない。

「麻人……」

動けぬまま固まっていると、膠着状態を打ち破る深刻な声が聞こえた。
振り返ると、渚くんの――今井くんの親友、鹿下(かのした)克也(かつや)くんが立っていた。
溌剌としたかっこよさ。ひそかに女の子たちに人気がある。
1年3組。隣のクラスの彼もまた、渚くんのクロム憑きになった今井くんを追いかける形で隣町から引っ越してきた。
親友の彼だけは、渚くんのことを『麻人』と呼んでいる。
もちろん、彼とも面識はあるんだけど……実はちょっと苦手だった。
だって、彼は渚くんのことを、今井くんとして見ているから。
それに……どこかで会ったことがあるような……?

「念のために言うけどさ」

はたと我に返る。
思考を遮るように、鹿下くんは声を落として、渚くんたちの席に駆け寄る。
何気ないやり取りにも関わらず、周りの視線を余すことなく、惹きつけていた。

「これ以上、安東の意志や感情に囚われるなよ」
「……克也」

意味深な会話に、思わず胸がざわざわする。
すると、ふと生じた会話の隙間で、鹿下くんはわたしをちらりと見た。

「桐谷は相変わらず、安東好き好き光線、すごいし、お昼も青春しているよなー」

鹿下くんはわざとらしく咳払いする。

「でも、あいつは麻人だから。それを忘れんなよ」

にこやかな笑みを浮かべたまま、鹿下くんはわたしの目論見をきれいに一刀両断した。
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