猫は、その恋に奇跡を全振りしたい
「やっと、気づいたか」
(つまり、あの時からずっと、わたしのことを見てくれていたってことなのかな)

その先に続く後追いの言葉。
それを理解していくごとに、わたしは気が遠くなりそうなほどの胸の高鳴りを感じた。

「あー、もうほんとに、安東のクロム憑きになんかにならなかったらよかった……。そうすれば、ただ見ているだけでよかったのに……」

言葉とは裏腹に、そこには優しさが満ちていた。
今井くんにとって、わたしたちはきっと、身近で心を許されている存在だからこそ、曝け出してくれる感情なんだと思う。

「猫神様。最後に俺の願いを叶えて……」

今井くんは願いを口にしようとして――。
だけど、それは最後まで告げられることもなく……。
感情をむき出しにした瞳のまま、今井くんは渚くんの中に溶けるように消えてしまった。
煌びやかな祭りの光が、目の前を流れていく。

今井くんがくれた一ヶ月。
……恐らく、12月になれば、渚くんとはもう会えなくなる。

その事実が現実感を伴って、わたしの心に重くのしかかってくる。

「渚くん……今井くん……」

悲しいと思う、その気持ちがわたしの胸に溢れる。
わたしの心の中を、冷たいすきま風のようなものが通り抜けた。

「にゃー」

静寂が流れたその時、足元で猫が鳴いた。
ふわりと寄り添って来た温もりを見下ろせば、それは先程のとんがりボウシをかぶった猫だった。

「えっ? もしかして、猫神様?」

じっと、猫を見つめて問い返す。
ちょうど、日が沈みかけた頃合いの夜色の瞳。
その青さを、やっぱり知っている気がして。
目が離せなくなっていると、その視線に猫も気づいた。

「心配しなくても、彼の瑠璃色の願いは叶えるにゃ」

ほんのちょっぴりおどけた仕草で、くるりと一回り。
猫神様はそう言い残して、人込みの中に紛れていく。
やがて、甘い香りの雑踏の中に消えていった。

「今井くんの瑠璃色の願い?」

ぽつりと疑問が口を出た。

今井くんが最後に願ったのは何だったのか……は、猫神様だけが知っているのかもしれない。

暗闇に溶けるように、わたしたちの最後の猫神祭りは通りすぎていった。
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