猫は、その恋に奇跡を全振りしたい

エピローグは始まりの鐘

校内を鳴り響くチャイムを合図に、教室のみんなが席を立ち、思い思いに動き始める。
授業が終わり、放課後になったからだ。
いつもどおりの教室。変わらない日常。
だけど、そこに渚くんだけがいない。
気づくと、教室内にいるのはわたしだけだった。

「渚くん……」

わたしは今日も、どうしようもない孤独感と寂しさに襲われる。

渚くんに会いたい。

胸の奥底で暴れる、どうしようもない感情は消えなくて。
いつも寂しいと叫んでいる。
『渚くん』と叫んで、助けを求めたくてたまらなかった。

 渚くんが、この世から消えてしまった一週間前。

ロスタイムが終わった後――この世界から渚くんがいなくなり、今井くんが戻ってきた。
天橋先生も、クラスのみんなも、渚くんがいなくなったことをすごく悲しんでいた。
でも、みんなの記憶には、渚くんは未練を晴らしたことで消えたということになっている。
真実を知らないというより、もともと渚くんのクロム憑きになった今井くんは未練を晴らすために転校してきたので、そういう状況だと判断していた。
一方、わたしにはすべての記憶が残っていた。
みんなが知らない、今井くんが一ヶ月、いなかった理由。
渚くんが消えてしまった本当の理由。
わたしたちと猫神様だけが知っていた。

「渚くん……会いたいよ……」

わたしは決して強くない。
渚くんがいなくなってから、ずっと悲しみに暮れていた。
渚くんの温もりがまだ、身体に残っている。
渚くんの優しい笑顔が、穏やかな声が、脳裏にはっきりと残っている。
あれで、永遠のお別れなんて嫌だ。
わたしをひとりぼっちにしないで。
お願いだから、置いていかないで……。

「渚くんと過ごした日々。忘れていい思い出なんて一つもないよ」

いまだ鮮明に覚えている――思い出せてしまう、渚くんと再会してからの出来事。

……辛い記憶ほど、後を引くものだ。

楽しかった記憶は、すぐに泡沫の夢のような思い出になってしまうというのに。
最後の日の……渚くんの姿を、言葉をずっと思い出していた。

「桐谷……」

その声に、はっとして顔を上げる。
今井くんが真剣な眼差しで、涙ぐむわたしを見つめていた。

「今井くん……ごめんね」
「学校にいる時は、今までと同じでいい」
「……うん。鹿下くん」

今井くんは今も学校では、『鹿下克也くん』として通している。
その理由は彼なりの言葉にすれば、単純なものだった。

「この学校で、『今井麻人』なのは、安東の魂が宿った俺の半身の方だったからな。だから、俺はこのまま『鹿下克也』でいる」

言い淀むこともなく、ただまっすぐに見つめる瞳が、今井くんの意思が変わらないことを伝えている。
やがて、今井くんは照れくさそうにハンカチを差し出してきた。
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