隠れる夜の月
今現在、彼女に任せられる、あるいは任せなければいけない急ぎの案件はないのだが……営業職ならまだしも事務担当の人間を、連れ出したりしてもいいものなのだろうか。
正面を見返すと、三花は変わらず目を輝かせ、こちらの返答を待っている。
「やっぱり、無理でしょうか?」
沈黙を否定と受け取ったらしく、三花はそう尋ねてきた。やや不安そうに。
駄目だと言うのは簡単だが、単刀直入に言ってしまうのは気が引ける。彼女の顔を見ているとそんな気分にさせられた。
「……俺個人じゃ判断できないから、課長に聞いてみるよ」
「お願いします!」
期待に満ちた声を背に拓己は席を立ち、課長の席へ歩み寄る。おそらく許可されないだろうと思いつつ。
だが予想に反して、課長の口から出たのは「かまわない」という返答だった。
「え、よろしいんですか?」
「あまりない例だが、まあいいだろう。得意先の顔を覚えなきゃいかんのは営業だけとも限らないしな。ただし、何も起こらないよう君が監督を徹底するというのであればだが」
頭の中で急ぎ、今日の予定を反芻する。午前と午後で計四件、どこの担当者もとっつきにくい性質ではないはず。