隠れる夜の月
戸惑う気持ちが伝わったのか、拓己が「じゃあ、逆に何か、やってみたいことはある?」と提案してきた。
「え」
「もうちょっとしたら俺、外回りに出るけど。まだ三十分ぐらいあるから、簡単なことなら教えておけるよ」
外回り、と聞いた瞬間に光の速さで頭をよぎった考えを、気づけば文字通り前のめりで口にしていた。
「でしたら、私、外回りにご一緒したいです!」
その頼みには、さすがに拓己も驚いた顔をした。戸惑いつつも、課長に聞いてみる、と交渉に行ってくれた。突飛な要求だから許可されなくても仕方ない、と考えていたが意外にもあっさりとOKされたらしい。出かけるよ、との言葉にすぐさま名刺の入ったカバンを抱えて、拓己に付いてオフィスを出た。
その日の取引先や顧客は、幸いどの担当者も、気さくで朗らかな相手だった。加えて拓己が、自身が会話の主導権を握りつつも三花が要所要所で質問しやすいように間を置き、それでいて答えにくそうな問いかけや話題には必ずフォローを入れてくれた。
昼食時にはふとした流れで家族の話をして、ストレートに父を誉めてくれた拓己に、つい両親の事情まで話してしまった。彼になら話しても大丈夫、という直感が働いたのだ。
直感通り、拓己は過剰に反応したり、色眼鏡で勝手な憶測を語ったりはしなかった。ただ「聞かせてくれてありがとう」と、誰にでも話すような内容ではないことを打ち明けた三花へのいたわりを、言葉に滲ませて応じた。
思い返せばあの時から、彼は「職場の先輩」以上の存在になったのかもしれない。