隠れる夜の月

 ――言わなければ。今度こそ伝わるように。
 だが。

「えっと、じゃあ……共有が必要な事項の確認から始めますね」

 そう三花が言いながらコーヒーを飲む顔つきも、メモ帳を取り出す仕草も、すべてが仕事モードの雰囲気になっていて、時間が経つほどに「この場では口に出せない」と悟らざるを得なかった。

(……違う。こんな場じゃない)

 ――また「冗談」にされるのが怖かった。
 下手に踏み込めば、今度こそ三花は、本当に離れてしまうかもしれない。

 想いが、喉の奥で重く引っかかったまま、結局、打ち合わせだけが静かに進んでいった。

「以上だと思いますけど、一課からの追加事項はありませんか」
「いや、ない」
「じゃあこれでまとめて、来週早めにレポート送りますね」
「……ああ。頼む」

 席を立った三花が一礼し、会計を済ませて店を出ていく。
 背筋をまっすぐに伸ばしたその後ろ姿が、やけに遠くに見えた。

 ――このまま、何も言えずに終わるのか?

 思わず椅子を押しのけて立ち上がり、支払いもそこそこに店を飛び出す。
 遠くを歩く三花に必死に追いつき、声をかけた。

「待って。……駅まで、送るよ」

 彼女の足がぴたりと止まり、驚いたように振り返る。

「え、……でも、路線違いますよね?」
「いいんだ。少し、歩きたい気分だから」
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