隠れる夜の月
それが本音ではなかった。
少しでも長く一緒にいたい。何も言えないまま終わらせたくない。
その想いだけが先走り、胸を焦がしていた。
日が沈み、周囲は夜の色に染まっている。風が昼間の名残の熱を含んでいた。
最寄り駅までの大通りは車が行き交い、足音と車の通りすぎる音が交互に耳に届く。
何も会話がなかったわけではない。けれど、互いに当たり障りのない言葉ばかり選んでいた。
「上半期の業績、どうですか」
「まあまあだと思う。新規開拓は伸び悩んでるけど」
そんなふうに他愛のない会話をしながら、拓己はずっと、横を歩く三花の横顔を見つめていた。
その可憐な顔立ちも、声も仕草も。
髪の揺れる様さえも愛おしく映ってしまう。
自分の中の感情が、言葉で抑え込める段階を超えていることを、自覚せざるを得なかった。
――今、ここで伝えなければ、二度と届かないかもしれない。
駅が見える交差点の手前で、拓己は唐突に立ち止まった。
「……先輩?」
三花の呼びかけに答える代わりに、拓己は彼女の手首を取った。
「え……?」
驚いたようにこちらを見上げた瞳。
その戸惑いを振り払うように、低く呟いた。
「無理だ、もう」
次の瞬間、拓己は三花の肩を引き寄せ、唇を重ねていた。