隠れる夜の月

 翌日以降、社内では常に、目と耳が三花を探していた。
 エレベーターホール、共用の給湯室、社員食堂、廊下を横切る姿。見かけられる機会は多くなかったが、何度かは声をかけられそうな距離だった。
 そのたび名前を呼ぼうとした。けれどできなかった。

(……前よりも避けられてる)

 その事実に気づくのは、難しくなかった。
 すれ違っても視線が合わない。挨拶すら発さない。声をかけようとした途端、彼女はさっと背を向け、気づかれないふりで離れていく。
 ついこの間までにこやかに、溌剌とした声で拓己を呼んでくれた彼女が、今はもう、知らない相手のように遠かった。

 思い返すのは、あの夜の三花ばかりだ。
 緊張して赤くなった顔。
 抱きしめた、細いやわらかな背中。
 絡めて握りしめた指。
 何度も溶け合って、確かに通じたと思った気持ち。

 ……なのにどうして、何も言わずに去ったのか。
 なぜひとりで背を向けたのか。
 その理由がどうしてもわからない。

 三花が、何とも思っていない男に抱かれるような女とは思えなかった。だからこそ彼女がうなずいてくれた時、何かしらの特別な感情は持ってくれていると思った。
 にもかかわらず、あの夜を彼女は切り捨てようとしている。

(俺の態度が軽く見えたのか? それとも……本気で、最初から一度だけのつもりだったのか)

 考えても答えは出ない。
 三花と言葉を交わす時間が、ただただ欲しかった。

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拓己が三花と、話ができる機会は果たしていつになるのかーー
同じ頃の、三花の心境やいかに?
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