隠れる夜の月
「置いていった物、預かってる。返すよ」
拓己はそう言って、茶色の封筒を差し出す。おそらく中には、三花が置いていった一万円札が入っているのだろう。
三花は首を横に振った。
「――必要ありません。それは、私の気持ちですから」
「俺は、その『気持ち』を受け取れない。金の問題じゃない。……君が、あの夜を割り切ろうとした証として、持ち続けたくないんだ」
「私は、いりませんから。忘れてください」
「忘れられない」
静かな、それでいて強い意志の滲んだ声だった。
「俺にとっては、忘れたい夜じゃない。こんな物でなかったことにされるような――軽い気持ちでも、簡単なことでもなかった」
拓己の目にも、声と同じく、強い意志が浮かんでいる。
何ひとつ嘘のない、ごまかしもない、魂を突き刺すようなまなざし。
(……そんな目で、私を見ないで)
彼の目が真剣であればあるほど、苦しい。
知りたくない。この人がどれだけ本気で言っているのか……心の底から「忘れたくない」と思っていることなんて。
「……私は、あれが最後のつもりでした」
「俺は、最後だなんて、ひとことも言ってない」
「でも、あなたは他の言葉も、言ってくれなかった」
そう言うと、今日初めて拓己の表情が揺らいだ。