隠れる夜の月

 早足で非常階段でフロアをひとつ下り、トイレの個室に飛び込んだ瞬間、足元が崩れたように座り込む。
 喉の奥から悲しみが込み上げてくるが、声は出ない。

(満足したでしょう、なんて――あんなこと、言いたかったんじゃないのに)

 だがあんなふうにでも言わなければ、拓己の視線も、声の響きも、なかったことにできなかった。

「……違う、本当は……私」

 本当は、信じたかった。
 素直に好きと言えたなら、どんなにかよかった。

(でも――私にその資格があると思えない、どうしても)

 手を伸ばしても届かない人を、好きになってしまった。
 それが、罪のように思えて仕方なかった。

「私は、ふさわしくない。……あの人には似合わない」

 声に出した瞬間、決壊するように涙が溢れた。
 嗚咽が漏れないよう口を覆い、壊れた水道のごとく涙を流し続ける自分を、ひたすらやり過ごした。

 せめて、次に会う時は笑えるように。
 何でもない顔で、普通に話せるように。

 そうするために、三花は長い時間を泣くことに費やした。
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