隠れる夜の月
◇ ◇ ◇
三花が目の前から消えて、どのくらい時間が経ったのか。
小会議室で一人立ち尽くしたまま、拓己は苦しい息を吐いていた。
(……なぜ、否定できなかったんだ)
本当は違うと。
全部勘違いなのだと、叫ぶように伝えたかったのに。
あの瞬間、三花の瞳に浮かんだ諦めの色に、何もかもを呑まれてしまった気がした。
あれが、彼女の本音だと――一瞬でも本気で、思ってしまった。
あの夜抱いたのは、ただの勢いでも、気まぐれでもなかった。
三花の仕事に対する姿勢、ひたむきさ、どんな時でも失わない明るさ。
ずっと前から惹かれていたことを、自分の中で認めたはずなのに。
(俺はまた、向き合う勇気を持てなかった)
彼女の身を切るような諦めを、悲しい皮肉を、受け止めるための言葉がどうしても見つからなかった。
気づけば、室内はおろか、廊下も静まり返っている。
三花の気配はどこにもない。自分の胸の奥には、重く冷えたものが残っている。
傷つけたまま、去らせてしまった。きっと、どこかで一人で泣いている。
そんなことはさせたくなかったのに。
何もかも諦めて手放したのは、三花の方ではなかった。拓己自身だった。
(いったい何をやってるんだ、俺は)
手の中にはまだ、あの日置いていかれた一万円札を入れた封筒が、行き場を失って残っていた。