隠れる夜の月

 ◇ ◇ ◇

 三花が目の前から消えて、どのくらい時間が経ったのか。
 小会議室で一人立ち尽くしたまま、拓己は苦しい息を吐いていた。

(……なぜ、否定できなかったんだ)

 本当は違うと。
 全部勘違いなのだと、叫ぶように伝えたかったのに。

 あの瞬間、三花の瞳に浮かんだ諦めの色に、何もかもを呑まれてしまった気がした。
 あれが、彼女の本音だと――一瞬でも本気で、思ってしまった。

 あの夜抱いたのは、ただの勢いでも、気まぐれでもなかった。
 三花の仕事に対する姿勢、ひたむきさ、どんな時でも失わない明るさ。
 ずっと前から惹かれていたことを、自分の中で認めたはずなのに。

(俺はまた、向き合う勇気を持てなかった)

 彼女の身を切るような諦めを、悲しい皮肉を、受け止めるための言葉がどうしても見つからなかった。

 気づけば、室内はおろか、廊下も静まり返っている。
 三花の気配はどこにもない。自分の胸の奥には、重く冷えたものが残っている。

 傷つけたまま、去らせてしまった。きっと、どこかで一人で泣いている。
 そんなことはさせたくなかったのに。

 何もかも諦めて手放したのは、三花の方ではなかった。拓己自身だった。

(いったい何をやってるんだ、俺は)

 手の中にはまだ、あの日置いていかれた一万円札を入れた封筒が、行き場を失って残っていた。
< 75 / 102 >

この作品をシェア

pagetop