隠れる夜の月

 つぶやくように思いながら、会社のビルを出たその時。

「きゃ……っ!」

 ハイヒールの踵が正面入口の階段を踏み外し、体勢が崩れた。前のめりになった体が倒れる、と思った刹那。

「危ない!」

 駆け寄ってきた若い女性に、上半身を支えられる。そのおかげで辛うじて、地面に倒れ込むことは回避できた。

「大丈夫ですか?」
「……ありがとう。ヒールが滑ってしまったみたい」
「無理なさらないでください。手、貸します」
「いえ、大丈夫――と言いたいところだけれど、ごめんなさい、足を捻ったかも」

 くるぶしに走る痛みに顔を歪めると、女性は初子の手を引いて、花壇の縁石に座るようにと促した。

「少しだけ、待っててください」

 と言った女性が向かった先には、初子が思わず放り投げてしまったバッグと、その中身が散らばっていた。
 女性はためらいなくその場にしゃがんで、落ちた物を拾い上げていく。ひとつひとつ丁寧に、表面の埃を払うようにしながら。

 戻ってきた女性が「どうぞ」と差し出したバッグを、礼を言いながら受け取った。

「ありがとう。お仕事中だったんじゃないの?」
「いえ、お気になさらないでください。ちょうど戻るところでしたから。お荷物、足りない物はございませんか?」
「……ええ、大丈夫。手間を掛けさせて申し訳ないわね」
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