隠れる夜の月
言動も態度も、最近の若者にしては落ち着いていた、先ほどの女性。
こちらの立場を察したかどうかはわからないが、それなりの家の人間であることは感じたはず。だが無駄に媚びたり過剰な謙遜を示したりはせず、己の分をわきまえる育ちを感じさせた。
明らかに「庶民的」ではあったけれど、粗雑さや無粋なところはなかった。
服装や持ち物にブランド品の気配はなかったが、所作の端々に温かな気配りが滲んでいた娘。
(あれで、家がしっかりしていれば、面白いことになるかもしれないわ)
思った以上に、あの女性の印象が深く残っていることに、意外な思いで気づく。
初子は小さく咳払いをしてから、運転席に声をかけた。
「佐原」
「はい」
「さっき、私を助けてくれた娘。瑞原と名乗ってたわ。経歴と家について調べてちょうだい。うちの社員だと言ってたから、すぐにわかるでしょう」
「かしこまりました」
短く返事をした運転手の目は、忠実な「長倉家の使用人」のものだった。
初子は再び、視線を車窓に戻す。
普段と変わらない、平日のオフィス街の忙しない風景。
その中に、微笑みとともに去っていった、清楚な後ろ姿が蘇る。
……ああいう娘が、拓己の隣にいてくれたら。
そんな想像が、不思議なほど自然に脳裏に浮かんだ。