隠れる夜の月

 ◆ ◆ ◆

 十月の週末、三花は実家へ向かう道を歩いていた。

 二日前、母親から「話したいことがあるから、できれば土曜日に来てほしい」という電話があったのだ。
 どこか、切羽詰まったような、何かを抑えているような声音だった。どちらかといえば普段おっとりしている母親が、そんな声を出すのは珍しい。
 なんだか普通でない気配を感じて、三花は週末に入るとすぐ、準備もそこそこに実家へ向かった。

 電車を乗り継ぎ、駅からの道のりも含めておよそ一時間半。
 築二十年になる小さな二階建ての家。三花が住んでいた頃と変わりない様子で、両親が今も一緒に手入れしている庭では、柿の木が小さな実を付けていた。

 門の小さな階段で靴のヒールが滑り、三花はふと、しばらく前に会社の前で遭遇した出来事を思い出した。
 三花の母親と同じぐらいの歳の女性。整った化粧に、威厳と気品のある話し方。
 落ち着いてはいたけれど、あの瞳の奥には不思議な「圧」があった。

 どことなく、普通の人ではない雰囲気。
 どこかで見たことがあるような……と感じたものの、結局思い出せなかった。

(すごく品のある人だった。けど、ちょっと怖い感じだったな)

 そう思った時、玄関から母親の迪子(みちこ)が出てきて、三花は思考を切り替える。

「お母さん、ただいま」
「おかえり、三花。……少し痩せたんじゃない?」

 少しだけぎくりとしつつも、三花は笑って応じる。

「そんなことないよ。お母さんこそ、あんな電話かけてきてどうしたの」
「――そのことは、後で話すわ。上がって」

 奥歯にものが挟まったような言い方に首を傾げつつ、三花は廸子の後ろについて、実家の玄関を上がる。
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