隠れる夜の月

 母が親戚に承諾を伝えると、話はトントン拍子に進んだ。
 あっという間に段取りがなされ、明日はその本番となった日の午後。

「これを着ていきなさい。手直ししてもらったから」

 衣装箪笥の奥から迪子が出してきたのは、淡い藤色の色無地だった。
 肩から裾にかけて繊細な刺繍が施され、控えめな金の糸が、窓からの光をかすかに弾く。

「これ、お母さんの着物?」
「独身の頃のね。特別な時に着るようにって、仕立ててもらったの。……まさか娘に着てもらう日が来るとは、思わなかったけれど」

 迪子の声が少しだけ震え、涙ぐんでいる。
 三花が想像するよりももっと、母にはいろいろな思いがあるに違いなかった。三十年分ーーいや、きっとそれ以上の。

 何も言えず、三花はそっと着物を受け取った。

「ありがとう、お母さん」

 その夜、自室の鏡の前で試しに羽織った着物の感触は、思ったより重かった。
 袂から指先がのぞき、肌襦袢に包まれた襟足が、自分ではない別の誰かのように感じてしまう。

「……これでいいんだよね」

 鏡の中の自分に問いかけても、返る答えはない。

 他人に決められた相手。家族のためになる、家にふさわしい選択。
 それが今、自分が背負うべき責任なら、きっと従えるーーそう思ったはずだった。
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