隠れる夜の月
第5章
実家お抱えの運転手がハンドルを握る車の後部座席で、拓己はため息を抑えられずにいた。
座席の隣には母の初子が座っている。季節に合わせ、抑えた色合いの上品なツーピースを着て。
今まさに、自分たちは見合いの席に向かっているのだった。
『連れてくる相手がいないのなら、見合いをすると言ったでしょう』
一週間前、初子にそう詰め寄られた時、返す言葉を出せなかった。
『いいお嬢さんよ。旧財閥の分家の出でね』
母の説明を拓己は出だししか耳に入れず、あとは無言で聞き流していた。旧財閥に連なる家の娘など、どうせ似たり寄ったりに決まっている。
だから渡された写真も釣書も、開いてみることさえしなかった。どんな顔だろうと経歴だろうと、相手にいっさい興味を持てないのはわかりきっていた。
……なのになぜ自分は、唯々諾々と、会場に向かう車に乗っているのだろうか。
拓己は、承諾の言葉こそ口にしなかったが、拒否も述べなかった。その態度を、初子は承諾だと受け取った。嬉々として準備を進めていく初子を、自分は最後まで止めようとはしなかった。
初子の執念に、抗うのが疲れたのかと問われれば、そうであるとも言える。
だが、どちらかというと――何かを変えるためのきっかけを求めていたのかもしれない。
(……三花)