隠れる夜の月
そう決意したタイミングで、車が目的地に着いた。
何度か来たことのある、有名な老舗料亭。
廊下をしばらく歩かされ、離れの個室へと案内された。
畳敷きの広い和室に、季節の花がさりげなく活けられ、床の間に飾られている。縁側の向こうには手入れされた小さな庭園が広がっていた。
静かな室内に、上座に向かって、長い机の右側に仲人役の知人と母が並んで座る。父は急な仕事で来られず、机の左側には今は知人の妻のみ。相手側はまだ到着していないようだ。
拓己は母の左隣で、口をつぐんで正座していた。誰が来ようと同じ、と思いながらも、胸騒ぎが治まらない。不思議な予感のようなものが胸の内をざわめかせていた。
「渋滞に遭ったそうで、あちらの皆様はもう少し遅れるようです」
仲人役が言った、その時。
すっ、と個室の襖が静かに開いた。室内の空気がわずかに引きしまる。
「大変お待たせいたしました」
父親らしき人物を先頭に、相手方の家族が入室してきた。
その後ろから、色無地の振袖の裾を揺らし、柔らかな足取りで畳を滑るように入ってきたのは。
「失礼いたします」
声を聞いた瞬間――いや、ちらりと顔が見えた時にはすでに、拓己の鼓動は跳ね上がっていた。