隠れる夜の月

 向かいに座った相手の顔を、まじまじと見つめる。
 視線が合った。
 お互い、息が止まる心地がしたに違いない。

「瑞原……?」
「……先輩?」

 名前が、互いの口から同時に、引き寄せられるようにこぼれた。

 周囲の空気が張り詰める。
 庭園の鹿威しの水音、部屋の空調の音も遠くに聞こえた。

 振袖に身を包み髪を結い上げた、いつもと違うけれど澄んだ声音は変わりのない三花が、目の前にいる。
 背筋を伸ばし、驚きを隠さない面持ちでこちらを見つめている。
 藤色の色無地に控えめな白い帯が、彼女の清楚な雰囲気を引き立てており、お世辞でなくその姿は美しかった。

「……どうして、君が」
「どうして、先輩がここに」

 呆然と尋ねた拓己も、おうむ返しのように言葉を返した三花も、固まってしまっていた。
 彼女の瞳が、明らかに動揺を浮かべて揺れている。おそらく自分も同じなのだろうと拓己は思った。

 張り詰めた空気を破ったのは、隣の初子の、やはり驚いたような声だった。

「まあ、奇遇ね。あなたたち、面識があったの?」
「……」

 答えるための言葉は出てこなかった。
 代わりに、心が叫んでいた。

(今、ここでもう一度――君と向き合えるのなら)

 すぐにでも三花に手を伸ばしたい感情を、拓己は懸命に堪え、座り直した。
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