隠れる夜の月
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両家の自己紹介を終えたのち、しばらく歓談が続いた。
拓己と三花が同じ会社の営業一課と二課に所属、さらにはかつて仕事を教え教わる側だったと知った双方の両親は、重なった偶然にそれぞれ驚いていた。
「手を貸していただいた時、同じ会社だとは察しておりましたけど。まさか仕事で繋がりがあったとは思いませんでしたわ」
「その、娘が手をお貸ししたというのも初耳です。何があったのでしょうか」
「私が社屋の階段でつまずいた時に、お嬢さんが支えてくださいましてね」
あの日の遭遇を初子が話すのを聞きながらも、三花の神経はただ、向かいに座る人物に集中していた。
明らかに仕立ての良い濃紺のスーツ。抑えた青色のシャツに紺と水色のストライプネクタイを合わせた装いは、佇まいに落ち着きを与えている。
普段は下ろしている前髪を撫でつけ、秀麗な顔を引き締めた拓己は、もの言いたげな双眸で三花を見ていた。顔を上げると必ず視線が合ってしまうので、先ほどから三花はずっと目を伏せている。
「どうしたの三花。ずっと黙って」
母の廸子にそう声をかけられ、親同士の話が一段落したらしいことを知る。
「緊張なさっているのかしら。いいのよ、普段通りに話してくれて」