Lord of My Heart 〜呪われ伯爵の白い(はずだった)結婚〜
一体誰が背後にいるのかなど、確かめるまでもなかった──老執事ピートが、黒いビロードのゆったりとしたガウンと、ふわふわした白い室内履き姿で食堂の入り口に立ち塞がっていた。
肩幅に開かれた両足は、老齢に似合わずがっしりとしていて、ふわふわの室内履きはあまり似合っていなかった。まるでウサギの真似をしようとして、まったく成功していないヒグマのようだ。
「よくもそんなことを!」
先に声を上げたのはマギーだった。「マダムほど綺麗な方はいないよ! それにね、マダムは今、傷付いてるところなんだ。無神経なことを言うのはよして欲しいね!」
「神経などバレット家の者には贅沢品だな」
「じゃあ、礼儀を持つんだよ」
「ふん、礼儀か。あれは贅沢な暮らしに脳がおかしくなった連中が持つものだ」
「この高慢ちきめ!」
マギーが憤慨して立ち上がった。
いきなりのことに驚いたオリヴィアは、なかば条件反射的に、興奮しているマギーをなだめようと立ち上がった。怒りに鼻息を荒くしていたマギーだったが、オリヴィアに腕を撫でられて少しずつ落ち着きを取り戻していく。
それでも料理女は怒りに目をぎらつかせていた。
「全部あんたのせいさ!」
人差し指を老執事に向けたマギーは、震える声で強くピートを非難した。
「あんたが逃げ出したりしたからだよ! 先代の旦那はそりゃあ苦しんだんだ、私は全部見てたよ! そして今はエドの旦那が苦しんでる。分からないのかい!?」
何──?
オリヴィアは混乱して老執事の顔をまじまじと見つめた。
皺だらけの顔が、無表情にマギーを見下ろしている。ピートは背が高く、皺さえなければ精悍な顔立ちをしていた。そして、バレット家の男たちが持つ、独特で素朴な強さを全身から放っていた。
(『バレット家の』……?)
オリヴィアは、自分が思い至ったことに対して驚きを覚えた。そしてなぜか、エドモンドが語った彼の祖父の話を思い出した。
『祖父は妻を失ったあとの悲しみで領地から失踪していた──』
エドモンドは、そう言っていたのではないか?
『──残された私の父は、幼い頃から領主の荷を背負わされ、とんでもなく頑なな男に成長した。私のように』
オリヴィアの視線に気が付いた老執事は、短く鼻を鳴らして皮肉っぽく笑った。多分、それが答えだ。
オリヴィアは驚きのあまり棒立ちになっていた。
「あなたは……ノースウッド伯爵のおじいさまなのですか……?」