冷酷検事は揺るがぬ愛で契約妻を双子ごと取り戻す

「そういえば、まだ約束を果たしていなかったな」

 再び車が動き出したところで、神馬さんが思い出したように言った。

「えっ? 約束なんてしてましたっけ?」
「……忘れているならいい」

 藪蛇だったか、と言うように苦笑する彼の横顔を見ていたら、私の記憶もパッと蘇る。

 そうだ。そういえば、私が偽装婚約を承諾したら、彼に新メニューを食べてもらう約束だった。

「「カオマンガイ」」

 嬉々として約束を思い出した私と、観念した彼との声がちょうど重なって、思わずふたりで噴き出す。

「ハモらないでくださいよ」
「こっちのセリフだ」

 食堂で会うたびにぶつかり合い、今も懲りずに言い合いを続けているけれど、私たちの間を流れる空気はまるで違っていた。

 まだ、彼の人柄のすべてがわかったわけじゃない。

 それでも神馬さんを〝極悪〟から〝性悪〟くらいに格上げしてもいいかな?と思うくらいには、穏やかな時間だった。


 弟との顔合わせ、そして婚約指輪の予約も済んだ翌週。一週間ほどあった食堂の夏季休業が明け、水曜日から営業再開となった。

 その日私は、久々に顔を合わせる紅林さんと白浜さんに婚約報告をするつもりで出勤した。あまり改まって言うのも照れくさいので、ランチタイムの忙しさが一旦落ち着いたところで「そういえば……」とさりげなく切り出す。

 それぞれ作業台の整頓と調味料の補充をしていたふたりが、手を止めて華やいだ声を上げた。

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