君の鼓動を、もう一度

 消灯後の薄暗い部屋に、窓から漏れる月の光だけが差し込んでいた。

 美咲は眠れず、カーテンを少し開けて窓のそばに立っていた。
 外は静かで、少し肌寒い春の夜風が頬を撫でる。

 そのとき、静かにドアが開いた。

 「……起きてたんだな」

 低く、聞き慣れた声。悠斗だった。
 白衣は脱ぎ、Tシャツにカーディガンというラフな格好。彼の表情はいつもより柔らかく、それでもどこか緊張を帯びていた。

 「眠れなくて……ちょっとだけ、外見てた」

 「そっか」

 悠斗は静かに窓辺まで歩み寄り、美咲の横に並んで立つ。
 二人の間にしばし沈黙が流れる――けれど、その沈黙は不安ではなく、どこか穏やかだった。

 「明日……もし手術、うまくいかなかったらって考えると、やっぱり怖いよ」

 「……そうだな。怖くて当然だ。俺も、怖い」

 「……え?」

 「失いたくないんだ、お前のこと」

 その言葉に、美咲は思わず顔を向けた。
 悠斗は、まっすぐに彼女を見つめていた。

 「子どもの頃から、ずっと見てきた。お前が笑ってる時も、泣いてる時も、病気と闘ってる姿も。……俺はずっと、お前が生きてることに救われてきたんだ」

 美咲の喉がつまったように、何も言えなくなる。

 「だから……俺は、お前が好きだ」

 言葉は静かで、優しく、けれど何よりも強くてまっすぐだった。
 美咲の目に、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。

 「……ごめん。今は……ちゃんと返事、できない」

 「いいんだ。今はそれでいい。――生きて、戻ってきてくれたら、それだけで」

 悠斗は、美咲の手をそっと握った。
 彼の手はあたたかくて、確かに彼女を包んだ。


ロビーのソファに、翔太はひとり腰をかけていた。
 携帯の画面は暗く、見ているわけでもない。天井の灯りだけが、ぽつりと彼の輪郭を照らしている。

 やがて、足音が近づいてきた。
 顔を上げると、悠斗が立っていた。

 「……まだ帰ってなかったのか」

 「帰れるわけないだろ。明日なんだよ、美咲の手術。ずっと近くにいたいに決まってる」

 翔太はぶっきらぼうにそう言いながら、視線を逸らした。
 けれどその目元は少し赤く、泣いたあとだったことを悠斗は気づいていた。

 「……兄貴、言ったの?」

 「……あぁ」

 「そっか」

 短いやりとりだったけど、それだけで通じ合っている。
 翔太は少しだけ肩を落としたように見えたけど、すぐに笑った。

 「なんか悔しいな。ずっとそばにいて、励まして、泣かれて、笑われて……でも、最後に支えられるのは兄貴なんだなって」

 「お前がいたから、彼女はここまで来れた。……それは、俺じゃできなかったことだ」

 「……ずるいな。そう言われたら怒れない」

 ふたりは、しばらく黙って並んで座った。
 病院の夜は静かで、どこまでも深くて、でもどこかあたたかかった。

 「頼むよ、兄貴。絶対、美咲を戻して」

 「――あぁ、絶対に」
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