君の鼓動を、もう一度
朝、まだ陽が昇りきらない時間。
 病室のカーテンの隙間から、淡い光が差し込んでいた。

 美咲はベッドに横たわったまま、静かに天井を見つめていた。
 心臓の音が、いつもより大きく感じる。
 呼吸も少し浅くなっていたけれど、それでも――心は、どこか落ち着いていた。

 「生きたい」
 前夜、悠斗の言葉が胸の奥に残っていた。

 そのとき、ドアが開く。
 悠斗が白衣を身にまとい、いつもの凛とした表情で現れる。

 「おはよう、美咲」

 「……おはよう。今日、だね」

 「うん。準備はいいか?」

 美咲は小さく頷いたあと、少しだけ唇を震わせて言った。

 「ねぇ……戻ってこれたら、ちゃんと伝える。だから、絶対――戻ってくるから」

 悠斗はほんのわずか、表情をやわらげて言った。

 「その言葉、ちゃんと信じてる」

 そっと彼女の手を握ると、ほんの一瞬だけ、医者ではなく、悠斗という一人の男の顔になる。

 「行こう。お前の“これから”を、取り戻すために」



 手術室。
 数台のモニターと機械音、スタッフの緊張した声が飛び交う中、悠斗が静かに手を挙げた。

 「心拍安定確認。麻酔、深度良好。開始する」

 マスク越しの声が、場の空気を引き締める。
 誰もが彼の指示を待ち、動く。まるで一つの生き物のように連携されたチーム。

 スカルペルを握る指先は一切の迷いがなく、彼の視線は一点を見据えていた。

 「必ず、生かす」

 しかし――
 突如、アラーム音が鳴る。

 「心拍低下!VT出現、血圧急激に下降!」

 「心室細動です!」

 美咲の心臓が、発作を起こした。
 通常の手術準備では対処しきれないレベルの不整脈。
 オペ室の空気が一気に緊迫する。

 「除細動器用意!充電開始、200ジュール!」

 「だめだ、心拍戻らない!」

 悠斗はすぐに冷静に判断を下す。

 「手術中止。蘇生優先。……絶対に、彼女をここで死なせない」

 モニターの警告音が鳴り続けるなか、悠斗の声だけが静かに、でも強く響いた。


悠斗は冷静に、でもその心の中で戦っていた。
 モニターに映る美咲の状態は、どんどんと悪化していく。
 すべての努力が無駄になったような感覚が彼を襲う。

 「ダメだ……心臓が戻らない。何も……何もできない……!」

 その言葉が、冷たいオペ室に響き渡る。
 スタッフたちが慌ただしく動くが、悠斗は一瞬、全てが止まったように感じた。
 目の前の命を――美咲を、救えない。
 これが、運命なのか。これ以上どうすれば、彼女を救える?

 「心拍停止。蘇生開始。もう一度――」

 彼は、手術台に横たわる美咲の手を握りしめた。
 その温もりが、ただただ切なく、胸を締めつける。

 「美咲……絶対に、助けるから――」

 でも、その言葉も、もはや届かない。
 無力さが、悠斗の心を支配していく。



手術室の中は静まり返っていた。


 悠斗は疲れ切った顔をして、無言でモニターを見つめている。
 美咲の心臓は、一時的に停止していた。何度も蘇生を試みたが、彼女の体力は限界を迎えていた。

 「もう……ダメかもしれない」

 その言葉が、悠斗の口から漏れた。心の中で、自分の無力さを痛感していた。
 美咲を救いたかった、でも、何もできない――彼女を失うことを恐れていた。

 「……先生、どうしよう……」

 担当医からの報告を受けて、悠斗は決断を下す。
 美咲をもう一度助けるためには、延命手術しかない。しかしその手術も、成功する保証はなかった。

 「もう一度、チャンスを……」

 手術を続行することを決め、延命手術が開始される。

悠斗は手術に集中し、必死に美咲の命を繋ぐために戦った。何度も失敗を繰り返すが、最終的に手術は成功し、彼女の命は繋がった。



 手術後、美咲は意識を取り戻し、悠斗がそばにいることに気づいた。

 「悠斗……手術、成功したの?」

 「うん、成功した。お前の命は繋がったよ」

 美咲は静かに微笑み、涙をこぼした。
 「ありがとう……でも、私はもう無理だと思ってた。こんなに苦しんでいるのに……」

 その言葉に、悠斗は深く息をつきながら答えた。

 「美咲、俺は諦めてない。お前がどんなに辛くても、俺はずっとお前を支えたい。ただ、お願いだから――」

 悠斗は美咲の手を強く握りしめ、その目をじっと見つめた。

 「お前を守りたいんだ。どんなことがあっても、俺が必ず支える。だから、俺を信じてほしい。今度こそ、絶対に諦めないから」

 美咲は、彼の言葉に涙を流しながらうなずいた。

 「ありがとう、悠斗……私も、ずっとあなたを好きだった。でも、こんなに迷惑かけていいのか不安だった。でも、あなたがいてくれるなら、もう一度生きてみようと思う」

 その言葉を聞いた悠斗は、深い安堵の息を吐き出し、静かに微笑んだ。

 「それが俺の答えだ。これからもずっと、君を守るよ」

 
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