君の鼓動を、もう一度

8.突然の異変

ベンチで寄り添うようにしばらく時間を過ごしたあと、二人はゆっくりと立ち上がった。

 「病院戻ろうか。検査も、ちゃんと受けよう」

 「……うん。今日は、もう大丈夫逃げないよ」

 夕方の風が、どこか優しくて、静かに背中を押してくれるようだった。

 校門を出て、タクシーを探しながら歩き始める。悠斗はさりげなく、美咲の歩調に合わせてゆっくりと歩いていた。

 ——そして。

 「……ん、ちょっと、ふら……っ……」

 美咲の足が止まり、次の瞬間、全身から力が抜けるように崩れ落ちた。



 「美咲ッ!!」

 崩れ落ちる身体を必死に支えた悠斗の腕の中で、美咲の顔色はみるみる蒼白になり、唇がかすかに震えながら青く変わっていく。

 「美咲、聞こえるか!? おい、しっかりしろ——!」

 脈を探す。——弱い。次の瞬間、完全に消えた。

 悠斗の表情が変わった。

 「心停止——っ……!!」

 頭が真っ白になる。それでも身体だけが動いた。

 美咲の胸の上で、両手を重ねて押す。手の下にある心臓は、信じられないほど静かだった。いつも鼓動を刻んでいた場所が、今はただ沈黙している。

 「嘘だろ……おい……!」

 胸骨圧迫を繰り返しながら、彼女の名前を呼び続ける。

 「目を開けろよ……!何が“もう大丈夫”だよ、何が“逃げない”だよ!ふざけんなよ……!」

 声がかすれ、感情が暴れる。

 彼は医者だ。何人もの患者の命を預かり、救ってきた。それでも、今腕の中で消えようとしているこの命だけは——何よりも恐ろしくて、怖くて、たまらなかった。

 「美咲……頼むから……死ぬな……!!」

 必死の想いが喉を突き破る。叫ぶような、泣くような声が闇の中にこだました。

 やっと到着した救急車のサイレンが、彼の恐怖を引き裂くように響いた。

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